大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』に登場した絵師たち

北尾重政・きたおしげまさ(1739-1820)

蔦屋重三郎の初めての出版「一目千本」の絵師を務めた売れっ子

北尾重政は北尾派の祖。江戸小伝馬町の書肆(本屋)・須原屋三郎兵衛の長男に生まれ、絵は独学だったと考えられています。
役者絵、美人画、浮絵、武者絵など多岐にわたるジャンルの作品を描き、特に版本の作画で活躍しました。

また達筆で、文字を書く仕事もこなし、暦の版下作成をライフワークとしていたと伝えられます。勝川春章との合作『青楼美人姿合鏡』は、重厚感と温かみのある重政美人の様式を確立した代表作。山東京伝や曲亭馬琴の黄表紙の挿絵も手がけ、18世紀後半の江戸の出版文化を語る上で欠くことのできない浮世絵師です。

磯田湖竜斎・いそだこりゅうさい(生没年不詳)

蔦屋重三郎と西村屋与八の共同出版「雛形若菜の初模様」の絵師

1770年頃より20年ほど活動した浮世絵師。その生涯についてはほとんど分からず、弟子の存在も確認されていません。
はじめ春広と名乗り、当時一世を風靡していた春信風の美人画を描いていましたが、次第に、堂々とした灯籠鬢(とうろうびん)の美人で独自の様式を確立していきました。

錦絵の代表作は、安永6(1777)年から、蔦屋重三郎と西村屋与八の共同出版でスタートした「雛形若菜の初模様」。趣向をこらした衣裳を身にまとう遊女たちの華やかな姿が好評を博し、100図を超える大シリーズとなりました。また庶民が家の柱に飾って楽しんだ「柱絵判」の作品を数多く手がけ、晩年は活動の基盤を肉筆画に移し、品格のある美人画を描きました。